遺言能力とは | 認知症でも遺言書は作れる?判断基準と対策を解説

- 「認知症の診断を受けている親に遺言書を書かせてよいのか」
- 「残された遺言書が無効になるのではないか」
などとお悩みではありませんか。
遺言書を有効に作成するには、遺言の内容や法的効果を正しく理解できる「遺言能力」が必要です。しかし、認知症だからといって直ちに遺言が無効になるわけではありません。遺言能力の有無は、本人の精神状態や遺言内容の難易度などを総合的に考慮して判断されます。
本記事では、遺言能力の判断基準となる4つの要素をはじめ、無効トラブルを防ぐための対策5選、無効が疑われる場合の手順まで分かりやすく解説します。

保有資格:R7司法書士試験合格者(2026年中に司法書士事務所を開業予定)、行政書士、ファイナンシャルプランナー(2級・AFP未登録)
取扱予定業務:遺産承継(預貯金、相続登記など)・生前対策(遺言、任意後見、信託など)・民事裁判・離婚
遺言能力とは?
遺言能力とは、自らの意思で遺言の内容や、それによって生じる法律上の効果を正しく理解・判断できる能力のことです。遺言は遺言者の最終的な意思を表現する重要な行為であるため、遺言書の作成時にこの能力がないと判断された場合、作成された遺言書は無効とされてしまいます。
【1】遺言能力の2大要件
遺言者に遺言能力があるというためには、以下の2つの要件をクリアする必要があります。
【要件1】満15歳以上であること
まず、遺言を行う人が作成時点で「満15歳以上」に達していることです。
8歳未満の未成年者が契約などの法律行為をするには、親などの法定代理人の同意が必要とされています。しかし、遺言は本人の最終的な意思表示を尊重する手続きであるため、15歳以上であれば法定代理人の同意なしで行うことができます。なお、満15歳に達していても、遺言の内容や効果を判断できる能力が備わっていることが前提となります。
【要件2】遺言の内容や結果を理解できる能力があること
次に、遺言の内容やそれによって生じる結果を正しく理解できる能力があることです。
具体的には、自分の財産を誰にどのように残すのか、その結果どのような法的効果が生じるかを認識・判断できる能力が必要とされます。なお、この能力は遺言書を作成するときにあればよいとされいます。仮に、遺言書を作成した後に判断能力を失っても遺言の効力には影響しません。
【2】遺言能力が必要とされる理由
遺言能力が必要とされるのは、遺言者の「真意」に基づく遺言内容を実現することにあります。また、遺言書が亡くなった後のトラブルを防ぐ意味もあります。
もし判断能力が不十分な状態での遺言を認めてしまうと、周囲の人間による不当な誘導や威迫、騙し(欺罔)によって、本人の意に沿わない遺言書が作られてしまう危険性があります。これを防ぐ意味があるという点が一つ。
また、遺言者が亡くなった後に相続人同士が「無理やり書かされたのではないか」との疑問をもち、相続人同士がトラブルとなる可能性もあります。これを防ぐというのがもう一つの理由です。
認知症だと遺言は無効になる?判断の4つの要素
遺言書の作成でよく遭遇するのが、「認知症だから遺言書は書けない」、「あのとき認知症だったから、そのとき書いた遺言書は無効だ」という誤解です。
【1】認知症=無効ではない
まず、確認しておかなければならないことは、認知症の診断を受けているからといって、遺言書を作ることができない、あるいは、すでに作った遺言書が無効となるわけではないということです。
【2】で解説するように、遺言能力の有無はあらゆる要素を総合的に考慮して判断されます。仮に、認知症と診断されていても、症状が軽度である場合や、一時的に判断能力が戻っていて、遺言の内容やその結果がどうなるか認識し得る場合などであれば、遺言能力はある判断される可能性は十分にあります。
【2】重要視される4つの要素
では、遺言能力の有無(遺言が有効か無効か)はどのように判断されるのでしょうか?ここでは、遺言能力の有無を判断する際、実務上重要視されるのが以下の4つの要素について解説します。
【要素1】医学的要素
医学的要素とは、遺言書作成時点における本人の精神状態や認知機能の客観的な評価です。具体的には、主治医による診断名やカルテの記載、看護・介護記録、要介護認定の調査結果などが考慮されます。特に「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」や「MMSE」といった認知機能テストの点数は重要な指標となります。ただし、テストの点数が低いからといって直ちに遺言能力が否定されるわけではありません。日頃の言動や作成当日の意思疎通の状況なども含めて総合的に判断されます。
【要素2】遺言内容の難易度
次に、遺言内容の難易度とは、遺言書の内容がどれだけ複雑か単純かということです。たとえば、「特定の相続人に全財産を譲る」「自宅を妻に相続させる」といった単純な内容であれば、高い判断能力がなくても理解しやすいため、遺言能力が認められやすくなります。一方で、事業承継が絡む複雑な株式の分配や、多数の不動産を細かい条件付きで分けるような内容の場合は、より高い法的効果の理解が求められるため、相応の判断能力が必要であると判断されます。
【要素3】作成の経緯・動機
次に、作成の経緯・動機とは、なぜその時期にその内容の遺言書を作成するに至ったのかというストーリーの自然さです。生前の遺言者の価値観や人間関係、特定の相続人との関係などから考えて、遺言内容が自然で納得できるものであるかが確認されます。たとえば、長年介護をしてくれた子どもに多めに財産を残すという内容は動機として不自然ではありません。一方、これまで交流がなかった特定の親族に突然すべての財産を譲るような不自然な内容がある場合は、遺言能力や真意に疑問が持たれやすくなります。
【要素4】外部からの影響(誘導・強制等の有無)
次に、外部からの影響とは、遺言書が遺言者の真意に基づいて作られたか、あるいは第三者の不当な誘導や威迫(プレッシャー)によって作られたものではないかということです。特に、特定の相続人が遺言者に付き添って強引に作成させたり、他の相続人と隔離した状態で作成させたりした場合、本人の真意ではないと疑われやすくなります。周囲の関与がなく、遺言者が自発的に内容を決定し公証人や専門家に伝えているかが、遺言能力の有無を実質的に判断する上で重要な鍵となります。
【状況別】判断能力に不安がある場合の遺言書の作成方法
認知症の診断を受けていたり判断能力に不安があったりしても、状態によっては法的に有効な遺言書を作成できます。ただし、症状の進行度によって選択すべき作成方法や守るべき法律上の手続きが異なります。ここでは、状況別に合わせた具体的な作成方法などについて解説します。
【ケース1】軽度認知障害や初期認知症の場合
軽度認知障害(MCI)や初期の認知症と診断されていても、ただちに遺言書が作れなくなるわけではありません。ただし、お亡くなりになった後に他の相続人から「当時は遺言能力がなかった」と無効を主張されるリスクに備え、十分な対策が必要です。
トラブルを防ぐためには、自筆証書遺言を避け、公証人が関与する「公正証書遺言」を選ぶのが確実です。あわせて、作成直前に主治医の診断書(長谷川式スケールやMMSE等の検査結果含む)を取得・保管し、作成当日に十分な判断能力があったことを客観的に証明できる証拠を残しておくことが重要です。
【ケース2】成年被後見人(重度の認知症等)の場合
重度の認知症等により家庭裁判所から成年後見人が選任されている「成年被後見人」であっても、法律上、遺言書の作成が全面的に禁止されているわけではありません。一時的に判断能力(事理弁識能力)が回復している状態(本心に復した状態)であれば、例外的に遺言書の作成が認められています。ただし、成年被後見人が遺言を作成するには、法律上、以下のルールを守って作成する必要があります。
- 遺言書の作成時に2名以上の医師が立ち会うこと
- 立ち会った医師が、「遺言作成時に事理を弁識する能力を欠く状態になかった(判断能力が回復していた)」旨を遺言書に付記し、署名・押印すること
法律上は自筆証書遺言で作成することも禁止されていませんが、のちに無効主張される可能性があることを考えると、公正証書遺言で作成した方がよいでしょう。
💡補足
後見よりも症状が軽度で「保佐」や「補助」の審判を受けている方の場合は、保佐人・補助人の同意を得ることなく、本人が単独で遺言を作成することができます。ただし、この場合も後日のトラブルを防ぐため、公正証書遺言で作成した方が安心です。
あとから「遺言無効」と言われないための対策5選
遺言書を作成しても、遺言者が亡くなった後に他の相続人から「作成時に遺言能力がなかったのでは?」「無理やり書かされたのでは?」など主張されてしまう可能性もないとはいえません。そこで、ここでは、将来こうした主張がなされて相続人間のトラブルに発展させてしまわないために、今のうちからできる対策について解説していきたいと思います。
【対策1】自筆証書ではなく「公正証書」で遺言書を作る
まず、自筆での作成を避け、公証人が作成に関与する「公正証書遺言」で遺言書を作ることです。自筆証書遺言は手軽に作成できる反面、没後に他の相続人から「本人が書いたものではない」「作成時に判断能力がなかった」と無効を主張されて争いに発展するリスクが高くなります。
一方、公正証書遺言であれば、法律の専門家である公証人が遺言者本人と直接面談し、意思疎通や判断能力の有無を確認した上で作成します。そのため、証拠価値が高く、裁判等で無効と判断されるリスクを大幅に減らすことができます。さらに、原本が公証役場で保管されるため、改ざんや紛失の心配がない点も大きなメリットです。
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【対策2】作成直前に「医師の診断書」を取得する
次に、遺言書を作成する直前(当日〜数日前)に、主治医や精神科医による診断書を取得しておくことです。遺言の有効性で最も重要視されるのは「作成当時に判断能力があったか」という点だからです。
医師に診断書を依頼する際は、単に病名だけでなく「日時の認識が確かであること」「会話のやり取りが良好で、遺言の内容や効果を理解できる状態にあること」など、客観的な医学的所見を具体的に盛り込んでもらうことがポイントです。
【対策3】長谷川式テストなどの検査結果・診療記録を残す
次に、「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」や「MMSE」といった認知機能テストの検査結果、さらには日頃のカルテや看護・介護記録などの証拠として残しておくことです。診断書だけでなく、こうした客観的な検査データや記録を併せて残しておくことで、遺言能力があることをより強く証明できます。
ただし、テストの点数が低めであっても直ちに遺言が無効となるわけではありません。日頃の日常会話や意思疎通がしっかり取れていたことを示す診療記録や介護日誌等も重要な判断要素となります。客観的な医学的データを多角的に集めておくことが重要です。
【対策4】遺言内容をできるだけシンプルにする
次に、遺言の内容は、できる限りわかりやすくシンプルな内容にすることです。遺言能力の有無を判断する際、裁判実務では「遺言内容の難易度」が重視されます。複雑な遺言内容を書くにはより高度な判断能力が必要なため、あまりにも複雑な内容だと遺言者本人が書いたものかどうか疑われる可能性があります。
一方、「配偶者に全財産を相続させる」「同居して介護してくれた長男に自宅を譲る」といったシンプルな内容であれば、多少判断能力が衰えていたとしても内容を理解していたと認められやすくなります。残したい想いを明確にし、できるだけ内容をシンプルにすることが重要です。
【対策5】作成時の様子を記録する・専門家を介入させる
次に、遺言作成当日の様子を動画撮影や音声録音で記録に残したり、弁護士や司法書士などの専門家を関与させることです。
動画を撮影する際は、周りから「〇〇にあげるんだよね?」と誘導するのではなく、遺言者本人が自分の言葉でハッキリと意思表示し、理由や内容を語っている様子を撮影することが重要です。専門家が立ち会い、正当なプロセスで作成された映像・記録を残すことで、「強要された」「意思疎通ができていなかった」という主張に対しても適切に反証することができます。
「この遺言書、無効かも?」と思ったときの対応
遺言書の内容に不自然な点があったり、作成当時は認知症などで遺言能力がなかったと疑われる場合、遺言の無効を主張する(される)ことが考えられます。ただし、十分な準備や根拠なしに無効を主張しても、いたずらにトラブルを長期化させてしまうことにもなりかねません。ここでは、そうした事態に陥らないための、正しい手順(対応法)について解説します。
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【対応1】専門家に相談する
「この遺言書は無効ではないか」と疑念を抱いた場合は、まず弁護士などの専門家に相談することが先決です。遺言能力の有無を判断するには、当時の病状や遺言内容の難易度、作成の経緯などを法的な観点から総合的に考慮する必要があり、個人で判断するのは非常に困難だからです。
専門家に相談することで、過去の裁判例に照らして「無効を主張できる(される)可能性があるか」ある程度の見通しを立ててもらえます。また、今後他の相続人とどのように協議を進めるべきか、将来の流れも見据えた対策等のアドバイスを受けられるため、はやめの相談をおすすめします。
【対応2】証拠を集める
また、遺言書の作成時に遺言能力がなかったことを証明する証拠を多角的に集めることが不可欠です。単に「当時は認知症だったはずだ」と主張するだけでは認められません。
具体的には、遺言作成時期の「主治医の診断書」や「カルテ(診療録)」、「要介護認定の認定調査票」、「看護・介護記録」などを収集します(※法定相続人であれば医療機関等へカルテ開示請求が可能です)。さらに、長谷川式テスト等の検査データ、当時の日常会話・行動の異常さを記した日記やメモ、親族の証言なども重要な材料となります。
【対応3】遺言書の無効を主張する
専門家への相談や証拠の収集が進んだら、実際に他の相続人や受遺者に対して遺言の無効を主張していきます。手続きは当事者同士の話し合いから裁判まで、段階を踏んで進めていきます。ここでは、話し合いから裁判までの流れについて解説します。
【手順1】話し合い
まず、他の相続人や受遺者と直接話し合い(協議)を行います。
集めた医療記録や診断書などの証拠を示しながら、遺言書を作成した当時に遺言能力がなかったことや、不当な誘導があったことを説明し、遺言の無効について相手方の納得・合意を目指します。当事者全員が遺言の無効と新たな遺産分割の方針に合意できれば、遺言書とは異なる内容で遺産分割協議書を作成することができます。
【手順2】調停
次に、当事者間の話し合いで解決しない場合は、家庭裁判所に遺言無効確認などの調停を申し立てます。
調停では、裁判官や調停委員という中立な第三者が間に入り、双方の主張や提出された証拠を確認しながら話し合いを進めます。当事者が直接顔を合わせずに交渉できるため感情的な対立を和らげやすく、合意に至れば調停調書が作成されて解決となります。ただし、相手方が合意しない場合は不成立となります。
💡裁判の前に必ず調停を挟む(調停前置主義)
遺言の無効を争う場合、いきなり裁判を起こすことはできず、原則として調停を経なければなりません。これを調停前置主義といいます。これは遺言という家庭内の問題については、裁判官による判決よりも、まずは当事者同士の話し合いによって解決を図ることが望ましいという考えによるものです。いきなり裁判を起こしたとしても、原則として裁判所の判断でまずは調停へ回されることになります。
【手順3】裁判
次に、調停が不成立に終わった場合や話し合いでの解決が困難な場合は、地方裁判所に遺言無効確認の訴訟(裁判)を起こします。
裁判では、双方が主張と証拠を提出し合い、裁判官が遺言能力の有無や作成プロセスの正当性を客観的に審理・判断します。最終的に裁判官が判決を下し(または途中で和解が成立し)、遺言の有効・無効が確定します。

保有資格:R7司法書士試験合格者(2026年中に司法書士事務所を開業予定)、行政書士、ファイナンシャルプランナー(2級・AFP未登録)
取扱予定業務:遺産承継(預貯金、相続登記など)・生前対策(遺言、任意後見、信託など)・民事裁判・離婚


