認知症の相続人がいると遺産分割できない?必要な手続きと事前対策

相続が発生した際、「認知症の相続人がいる」というケースは非常に多いです。高齢者化社会が進む中で、こうしたケースに遭遇する方はこれからも増えてくるものと思われます。そこで、この記事では、認知症の相続人がいる場合の相続発生後の対応法と相続発生前にとれる対応法について詳しく解説します。

すでに相続が発生した場合、これから発生する可能性がある場合、どちらのケースでも参考になる記事だと思います。今後の参考にしていただければ幸いです。

相続人が認知症の場合の遺産分割協議はどうなる?

相続手続きにおいて、遺言書がない場合は、原則として相続人全員で「誰が・どの財産を・どれくらい引き継ぐか」を話し合う遺産分割協議を行う必要があります。しかし、遺産分割協議は法律行為であるため、参加する相続人各自に「意思能力」が備わっていることが求められます。

この意思能力とは、簡単にいうと、自分のしていることの意味や結果を、正しく理解し判断できる能力のことです。遺産分割協議で言えば、「誰が、どの遺産を、どれくらい相続するのか」という話し合いの内容をしっかりと理解できている状態を指します。

一般に認知症の方はこの意思能力がないと考えられています。したがって、そもそも認知症の相続人が遺産分割協議に参加させることはできず、仮に、意思能力の欠けた相続人を遺産分割協議に参加させても、その遺産分割協議は無効となってしまいます。

「相続人が認知症=遺産分割協議に参加させてはいけない」ではない?

もっとも、「相続人が認知症=遺産分割協議に参加させてはいけない」と即断してはいけません

医学上の診断と法律上の判断は密接に関係しますが、完全に一致するわけではありません。つまり、医師から認知症と診断される場合であっても意思能力があるとして、遺産分割協議に参加させることができる場合があるということです。

相続人に認知症の「疑い」がある場合は、まずは

  • 医師の診断

を受けて、相続人が遺産分割協議の内容や結果を理解できる状態にあるかどうかを客観的に評価してもらう必要がありますが、医師の診断が絶対ではなく、他にも相続人自身が

  • 相続関係を理解しているか
  • 対象となる相続財産を把握しきれているか
  • 遺産分割協議の意味を理解しているか
  • 遺産分割協議によってどういう結果になるか理解しているか
  • 自分の意思で決め、自分の言葉で意思を示せるか
  • 他の相続人に誘導されてはないか

といった法律上の観点も含めて、遺産分割協議に参加させても問題はないかどうかを判断する必要があります。単に認知症という診断や病名だけで判断しないよう注意が必要です。

なお、これらの自己判断で行うことは、あとで取り返しのつかいないことにもなりかねません。少しでも判断に迷われる場合は、専門家を交えて慎重に判断することをお勧めします。

相続人が認知症の場合の対応策

相続人に認知症の疑いがある、あるいは認知症と診断された相続人がいる場合、具体的にどのような手順で対応すべきでしょうか。手続きを進めるにあたっては、相続人本人の「意思能力の有無・程度」によって、大きく次の2つにわかれます。

【1】意思能力が「ある」と認められる場合

認知症の初期段階などで、まだ遺産分割協議の意味やその結果を理解できる状態であれば、あとで解説する「成年後見人」を立てずに本人を直接遺産分割協議に参加させることができます。ただし、後から他の相続人などから「当時は意思能力がなかったため協議は無効だ」と主張されるトラブルを防ぐため、以下のような対策が不可欠です。

  • 主治医の診断書の確保:事前に主治医に相談し、本人の意思能力に関する診断書を取得しておきます。
  • 客観的な証拠の記録:本人の調子が良い時間帯に話し合いを行い、面談内容を詳細に記録することや専門家に立ち会ってもらうこと、本人の同意を得て録音・録画を残しておくことが考えられます。

【2】意思能力が「ない」と判断される場合

本人の意思能力が失われており、遺産分割協議の意味やその結果を理解できないような場合は、本人が直接協議に参加することはできません。この場合は、家庭裁判所に申し立てを行い本人の代理人となる「成年後見人」を選任してもらう必要があります。選任された成年後見人が本人の代わりに遺産分割協議に参加し、他の相続人と協議を行うことになります。

参照:成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要を知りたい方へ | 裁判所

成年後見人を立てる前に知っていただきたいこと

このように、相続人が意思能力を失っている場合は成年後見人を立てるという方法があります。しかし、この成年後見制度はあくまで「本人の身の回りの世話をしたり、本人の財産を守るための制度」であって、「遺産分割協議を円滑に進めるための制度」ではない点に注意が必要です。成年後見人を選任してから「こんなはずではなかった」と後悔しないために、あらかじめ知っておいて欲しい注意点を解説します。

【1】選任までに時間がかかる

まず、成年後見人を選任するまでに時間がかかることです。

成年後見人を選任するには、家庭裁判所への申立てが必要です。申立てから実際に成年後見人が選任されるまでには、通常1〜2ヶ月程度の期間を要します。親族間に争いがある場合や、本人の意思能力について医師の詳しい鑑定が必要なケースでは、それ以上の期間(3か月〜6か月程度)がかかることも珍しくありません。

成年後見人が選任されるまでの間は遺産分割協議を進めることができず、相続登記や預貯金の解約などの手続きを進めることができません。相続税の申告期限(10ヶ月以内)が迫っている場合や、早急に遺産から資金を準備したい場合には、この成年後見人の選任が大きな障壁となる点に注意が必要です。

【2】望み通りの結果になるとは限らない

次に、成年後見人を選任したからといって、遺産分割協議の結果が望み通りになるとは限らないことです。

成年後見人の役割は認知症の相続人(被後見人)の財産を保護することです。そのため、遺産分割協議の際、成年後見人には被後見人の法定相続分を確保するための主張をすることが求められます。

ご家族としては「母の介護は長男が担うため、遺産は長男にすべて相続させたい」「実家は同居する次男の単独名義にしたい」といった希望があるかもしれません。しかし、認知症の相続人の取り分が法定相続分を下回るような、ご家族にとって都合の良い遺産分割になるとは限りません。

【3】他の相続人が後見人なっても特別代理人の選任が必要

次に、他の相続人が後見人になっても特別代理人の選任が必要となることです。

親族などの他の相続人が、認知症の相続人の成年後見人に選任されるケース自体はあります。しかし、選任された後見人が認知症の相続人を代理して「遺産分割協議」に参加することはできません。後見人自身も相続人であるため、「自分の取り分」と「代理する本人の取り分」を一人で決めることになり、利害が対立(利益相反)してしまうからです。遺産分割を行うには、家庭裁判所に後見人とは別の「特別代理人」の選任を申し立てる必要があります。

なお、誰を後見人にするかは家庭裁判所が決定します。裁判所は、本人の心身の状態や生活状況、財産の額や種類、親族関係(親族間に争いがないか)、候補者と本人との関係性などの要素を総合的に考慮して判断します。遺産分割を控えているケースでは、公平性を保つために、最初から身内ではなく弁護士や司法書士などの専門職が選任される可能性があります。

【4】ランニングコストがかかる

次に、成年後見人が選任された後は費用がかかるということです。

特に、専門職が後見人に就任した場合、本人の管理財産の額に応じて月額2万〜6万円程度(資産額によってはそれ以上)の基本報酬が発生し、本人が亡くなるまで本人の財産から毎月支払われ続けます。さらに、遺産分割協議への参加や不動産の売却といった特別な手続きを行った際には、基本報酬とは別に数万〜数十万円の「付加報酬」が発生することもあります。

現在の成年後見制度では、基本的に本人が亡くなるまで成年後見人が付きます。つまり、本人が亡くなるまでランニングコストがかかるということです。途中で「費用がかさむから」という理由で後見人を解約・辞任させることはできません。

【5】本人の財産が家庭裁判所の監督下に置かれる

最後に、本人の財産が家庭裁判所の監督下に置かれ、家族が自由に使うことができなくなることです。

成年後見人が選任されると、認知症の相続人の財産は家庭裁判所の監督下に置かれます。これは本人の財産を守るための措置ですが、結果として「家族であっても自由に使えなくなる」という事態が生じます。

たとえば、本人の口座から同居家族の生活費を出したりすることは原則としてできなくなります。成年後見制度はあくまで「本人の利益になるための支出」しか認められません。

また、本人の自宅(居住用不動産)を売却する際は家庭裁判所の許可が必要です。施設の入所費用の捻出のためなら許可される可能性がありますが、単に「管理が大変」といった理由では許可されない可能性があります。

【生前対策編】設例から学ぶ、家族が困らないための具体的な3つのアプローチ

ここまでの解説で、認知症の相続人がいる場合、いない場合と比べてスムーズに、思い通りに遺産分割できず、なおかつ、コストがかかってしまう、ということがおわかりいただけたのではないでしょうか。そこで、こうした事態を避けるため、近い将来被相続人(故人)となるであろう方(以下の【設例】では「夫A」)が元気であるうちに、できる限りの対応をとっていきたいところです。ここでは実務上でもよくある以下の【設例】をもとに、ご家族がとりうる対応策について解説していきたいと思います。

【設例】
家族構成:夫A(88)、妻B(82)、長男C(57)、次男D(55)
遺  産:夫A名義の不動産(土地・建物)、夫A名義の預貯金1500万円
状  況:不動産には夫A・妻Bが住んでいる、夫Aは病気がちで入退院を繰り返す、妻Bは最近物忘れが激しい(認知症の疑いがある)

今回の【設例】では、夫A(88歳)が病気がちで入退院を繰り返すなか、妻B(82歳)にも認知症の疑いがあるという、非常に切迫した状況にあります。もし何の対策もとらないまま夫A(被相続人)が亡くなり、その時点で妻Bの意思能力が失われていた場合、相続人である妻B、長男C、次男Dは遺産分割協議を行うことができません。

【これまでのおさらい】
そこで、遺産分割協議を進めるには、まず家庭裁判所に申し立てて妻Bのための「成年後見人」を選任してもらう必要があります。しかし、選任されるまでには一定の期間(1か月~6か月)を要します。その間は相続登記や預貯金の解約手続きを進めることができません。さらに、成年後見人は本人の財産を守る義務があるため、遺産分割協議において妻Bの法定相続分を確保する主張をします。そのため、「長男Cが自宅を引き継ぐ」といった柔軟な遺産分割が難しくなります。また、弁護士や司法書士などの専門職が成年後見人に選任された場合、妻Bが亡くなるまで毎月2万〜6万円程度の報酬が発生します。

対策①:「公正証書遺言」を作る

まず考えられる対策が、夫Aが公正証書遺言を作っておくことです。

遺言書を作っておけば、相続発生後の遺産分割協議が不要になることが最大のメリットです。遺産分割協議が不要なため、妻Bに認知症になっても妻Bに成年後見人をつける必要がありません。遺言書は公証人のチェックを経ており無効となるリスクが低く、家庭裁判所での「検認手続き」も不要なため、比較的スムーズに相続登記や預貯金の解約を進めることができます。

一方、デメリットとしては、財産額に応じた「公証人手数料」などの費用がかかる点が挙げられます。また、戸籍謄本や印鑑証明書などの必要書類の収集、公証人との事前の打ち合わせに一定の手間と時間がかかります。なお、法務局保管以外の自筆証書遺言では検認手続きが必要になりますし、公証人のチェックを経ていないため無効となるリスクがあります。遺言書は公正証書で作成することをおすすめします。

💡遺言書作成ポイント

  • 遺言書は夫Aが元気なうちに作る
    →遺言書を作成するには、遺言者本人に十分な判断能力(意思能力)があることが前提となるため
  • 遺言書で「自宅不動産の『配偶者居住権』を妻Bに遺贈し、自宅の『所有権』を長男C(または次男D)に相続させる」といった指定をする
    →妻Bは老後も住み慣れた自宅に無償で住み続けることができ、所有権を長男C(次男D)が持つことで将来的な管理・売却をスムーズに行うことが可能となる
  • 遺言書で遺言執行者を指定しておく
    →遺言執行者が単独で相続登記、預貯金の解約手続きができる
  • 各相続人の遺留分を侵害しないよう注意する
  • 夫Aより妻Bなどの相続人が先に死亡した場合における「予備的遺言」も検討する

対策②:「家族信託契約」を結んでおく

次に考えられる対策が、家族間で信託契約(家族信託契約)を結んでおくことです。

遺言は夫Aが亡くなった後の遺産の承継を決めるのには最適ですが、「妻Bが遺産を相続した後に妻Bの認知症がさらに悪化し、妻B名義になった預貯金などの遺産が凍結してしまう」という二次的リスク(二次相続対策)まではカバーすることができません。この問題に対応するのが家族信託契約です。

たとえば、「委託者を夫A、受託者を長男C、受益者を夫A(夫A死亡後は妻B)、信託財産をA名義の不動産及び預貯金の一部」とする信託契約を締結すると、自宅不動産の名義は長男Cに変更(信託登記)されます。また、預貯金は専用の信託口口座で管理されます。

夫Aや妻Bが認知症になっても、長男Cが信託財産から妻Bの医療費、介護費用、生活費を直接支払い続けることができます。さらに、将来的に妻Bが施設に入所して実家が空き家になった際も、長男Cの権限で自宅を売却し、その代金を妻Bの施設費用に充てるといった対応もできます。 妻Bも亡くなった後は、信託を終了して「残った財産を長男Cと次男Dで半分ずつ引き継ぐ」と契約書に定めておけば、遺言代わりの機能も一度に果たせます。

一方、デメリットとしては、専門家へのコンサルティング報酬や信託登記費用など、数十万円単位の初期費用がかかる点が挙げられます。また、契約で定めた「信託財産」しか管理や承継の対象にならない点にも注意が必要です。手元に残した預貯金などの財産には別途遺言等での対策が必要になります。さらに、家族信託は財産管理に特化した制度であるため、施設入所や病院の手続きなどの「身上保護」を行う権限は受託者には与えられません。

そして、受託者(長男C)には長期間にわたり帳簿をつけるなどの重い管理責任が生じます。権限が一人に集中するため、次男Dを含めた家族全員で事前に話し合い、不公平感のないよう合意を得ることがトラブル防止の鍵です。最後に、最終的な財産の分け方を決める際は次男Dの「遺留分」への配慮が必要です。遺言と同様に、委託者である夫Aに十分な意思能力があるうちに手続きを完了させることが絶対条件となります。

対策③:「任意後見契約」と「財産管理等委任契約」を結んでおく

以上のほか、現在、すでに物忘れが激しくなっている妻B自身のため、まだ妻Bに意思能力がある今のうちに、長男C(または次男D)を受任者とする任意後見契約を公正証書で結んでおくことも有効な対策の一つです。

最大のメリットは、「本人の希望する家族に、途切れなく財産管理や生活のサポートを任せられる」点です。 妻Bに判断能力があるうちは「財産管理等委任契約」を使い、足腰の衰えなどを理由に銀行の窓口手続きなどを子どもたちに代行してもらいます。その後、認知症が進行して判断能力が完全に低下した段階で、家庭裁判所に申し立てて「任意後見契約」をスタートさせます。 法定後見制度のように「見知らぬ専門職が後見人に選ばれる」リスクがなく、あらかじめ自分が選んだ信頼できる家族に財産管理や介護施設への入所手続き(身上保護)を委ねることができます。

デメリットとしては一定の費用がかかる点です。契約時は公正証書での作成が必須となるため、公証人手数料等の初期費用がかかります。さらに、任意後見契約が実際にスタートすると、家庭裁判所によって必ず「任意後見監督人(家族を監督する弁護士や司法書士などの専門職)」が選任されます。この監督人に対して、本人が亡くなるまで月額1〜2万円程度の報酬を支払い続ける必要があります。 また、法定後見とは異なり、悪徳商法などに騙されて結んでしまった契約を取り消す「取消権」がない点もデメリットです。

契約を結ぶには、妻Bに契約内容を正しく理解できる「意思能力」が残っていることが絶対条件です。認知症が進行してからでは契約できないため、早急な対応が求められます。また、将来の親族間トラブルを防ぐため、財産管理を任される長男Cだけでなく、次男Dにも契約内容や今後の管理方針について事前にしっかりと説明し、家族間の同意を得ておくことが重要です。